この短編は、私が若い頃に書いたものです。
長い間そのままになっていましたが、今回AIによる画像生成とDaVinci Resolveを使って、当時頭の中にあった情景を映像化してみました。
完成した映像はこちら。
ワインディングロード 1990年秋
おれは峠道を下ると、いつもの駐車場に車を乗り入れた。深夜の峠を思い切り攻めた後、 ここで缶コーヒーを飲むのがおれのいつもの習慣だ。
タービンを冷やすため、アイドリングしたまま車を降りると、RSワタナベエイトスポークアルミに装着された、 ADVAN HF Type Dの焦げたゴムの匂いが鼻をくすぐった。そのタイヤのトレッド面に手を触れて、温度と溶け具合を確認する。 リアタイヤがかなり減っていた。減りの少ないフロントタイヤと入れ替えれば、まだしばらくは走れるが、それでもいつまで持つ事か。 また給料が飛んじまうな。

おれは苦笑しながら車のそばを離れると、闇の中にぽつんと光る明かり、自動販売機に百円玉を入れ、缶コーヒーを買った。 冷えた手を缶の温もりで暖めるとプルトップを開けて一口コーヒーを飲む。満足するまで走ってから飲む缶コーヒーの味は、至福のうまさだ。 おれはいつもそう思う。そしてシャツの胸ポケットからセブンスターのパッケージを取り出すと、右手で振り出しそのまま咥え、 ジーンズのポケットから出したジッポで火をつけた。自動販売機の明かりに仄かに照らされた愛車を眺めながら、 コーヒーとタバコを心行くまで味わう。
そのおれの愛車は、昭和61年型三菱ランサーEX 1800GSRインタークーラーターボ、通称ランタボ、色はホワイトだ。 もともとはサニー、カローラクラスの小型ファミリーセダンに直列4気筒1.8リッターエンジンを三菱重工製TC05-12Aタービンで更に武装したターボエンジンを積み込んでいるので、ターボが利きだしてからの加速は強烈だ。 足回りも市販車とは思えない程締め上げてあり、下回りのガードさえ取り付ければ、そのままダートラ等の競技に参加できると言われるほどだ。
おれは飲み干したコーヒーの缶でタバコをもみ消すとくずかごに放りこみ、腕時計に目をやった。午前四時少し手前の時刻だ。 車に戻りドアノブに手を掛けた時、ふもとの方からかすかにスキール音が聞こえてきた。そのまま耳を澄ましていると、どんどん音が大きくなる。 かなりのハイペースだ。

おれは車に乗り込むと、シュロスの4点式シートベルトを締め上げ、駐車場の出口に車を進めた。 運転席側の窓からふもと側の大きな右コーナー出口を見つめ、クラッチを踏み込みギアをローに入れ、軽く空ぶかししながら待つと、 派手なスキール音とツインカムエンジン特有の甲高いエグゾーストノートを響かせながら一台の車が飛び出してきた。 そのまま凄い勢いでおれの車の前を通りすぎる。86レビンだ!
おれはクラッチを素早くつないでアクセルを大きく踏み込みながら駐車場を飛び出した。 強烈なトルクを受けて暴れるリアタイヤをステアリングワークで無理やり押さえ込みながら、レブリミットまでエンジンを回し、2速、 3速とシフトアップを繰り返すと、最初の左コーナーが見る見る迫ってきた。
軽くブレーキを掛けフロントタイヤに荷重を移すとステアリングを切り込みながらその中速コーナーに飛びこんだ。 きれいにインをなめながらコーナーを抜けると、峠道にしては長いストレートの中ほどに86のテールランプが光っていた。 距離にしておよそ300メートルほどか。
おれは3速のままアクセルを全開まで踏み込んだ。エンジン音に混ざって聞こえるタービン音が頭の中で響き渡り、 おれの中の何かを駆り立てる。ギアを4速に叩き込み、なおもフル加速する。車速は140キロを越えた。 その速度域になると道幅が極端に狭く感じられる。普段は何気なく通過するわだちやギャップにも強烈にハンドルを取られ、 その度に心臓が喉から飛び出しそうに感じ、ステアリングを握った掌に冷や汗がにじむ。
ストレートエンドが迫るころ、ついに86のテールを捕らえた!
右足をアクセルからブレーキに移すと、タイヤロックに注意しながらも思いきりブレーキを踏み込む。 そしてヒールアンドトウで回転を合わせながら2速までシフトダウンして、車速を一気に40キロ以下に落とすと、 86に続いて左ヘアピンコーナーに飛びこんだ。2台の車が発する派手なスキール音が山中に響き渡る。
そのまま、車間を詰め過ぎないように注意しながら、三つのコーナーを抜けると、短いストレートに出た。パッシングを一度送ってみる。 すると奴は間髪をいれずハザードの点滅で応えた。

それからおれ達は、短いストレートで前後を入れ替えたりしながら峠道を駆け上った。車の鼓動を全身に感じながら2台で疾走すると、 まだ見ぬ奴の事が不思議と身近に感じられ、気持ちがシンクロして行くのがわかる。走りのリズムがどんどん合って来て、 まるで2台の車が一本の矢の様に感じられる。
おれ達はダンスを踊るように、軽やかにコーナーを駆け抜けた。
だが、その至福の時間もついに終わりの時を向かえた。その時前に出ていたおれは、最後の右コーナーを3速全開で駆け抜けると、 ハザードを点滅させながらアクセルを緩めた。エンジンブレーキで車速がぐっと落ちる。バックミラーを見つめると、 奴もアクセルを抜いたのがわかった。
おれはギアを4速に放り込むと、最後の長いストレートをクールダウンのためゆっくりと走った。奴もそのまま付いてくる。
そして、 山頂付近にある大きな駐車場に車を乗り入れると、自販機の横にゆっくり車を止めた。その横に、奴の86も車首をぴったり並べて止まった。
おれは大きく息を吐き出すと、汗ばんだ掌をジーンズで拭い、シートベルトを外して車から降り立った。 ジーンズのポケットのコインを探りながら自販機に近づくと、缶コーヒーを2本買い、車から降りてきた奴に近づいた。缶を放ってやると、 右手で器用に受け止め軽く会釈を返してきた。おれも首だけでうなづく。

2人で同時にプルトップを開けると、これも同時にコーヒーを一口飲み、 顔を見合わせた。自然に笑みがこぼれる。
奴はもう一口コーヒーを飲むと、缶を持ったままシートに戻った。ホルダーに缶をおさめると、シートベルトを締める。
「コーヒーありがとう。じゃ、また何処かで」
「おう。またな」おれは右手を軽く上げて応えた。
そして奴は、ドアを閉めると車をゆっくり発車させた。駐車場の出口で大きくホーンを鳴らすと、キュッとタイヤを鳴かせて走り去った。
おれはタバコを咥え火をつけると、空を見上げた。まだ満天の星空だったが東の山の稜線が僅かに白み始めている。
夜明けは近い……


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