依、LUMIX G 25mm / F1.7ではじめての街スナップを体験す!
依が住んでいる町は、古くからある住宅街だ。
大学で地方から出てきたとき、家賃の安さと治安の良さを考えて決めた町なんだけど、大学を卒業して就職が決まっても、あまりにも住み心地が良かったのでそのまま住んでいる。
だから、住み始めてもう7年以上になる。
依が眩しい日差しに目を細めながらアパートの前に出てくると、目の前の一軒家に住む池田さんの奥さんが依の事を目ざとく見つけ、庭仕事用の手袋を外しながら人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
「あら?依ちゃん、カメラなんかぶら下げてどうしたの?」
「なんか、急に写真に興味を持っちゃって、いきなり始めちゃいました」
依はちょっと気恥ずかしさを感じながら答えた。
「わあ、いいわねえ!じゃあ今度お庭のお花を撮ってくれないかしら?」
「まだはじめたばかりだから・・・でも、私で良かったら」
「春になったらお花がいっぱい咲くから、そのときにお願いするわね」
「分かりました。じゃあ行ってきます!」
依は池田さんの奥さんに会釈すると、背中に視線を感じながら住み慣れた町を歩き始めた。
普段から慣れ親しんでいて、気にもとめない町並みだけど、カメラを持って被写体を探しながら歩くと、道の端の路面を割って生えている緑や庭先に止まっている自転車など、色々なものが目に飛び込んで来る。
「でも、まず最初はあそこね」
依は毎年この時期になると咲き始める白梅を最初に撮ろうと決め、住宅街の坂道を小走りに駆け下りた。
たまに白鷺が魚を捕っている小さな川沿いのお宅で、今年もその白梅は花をつけていた。しかも今日はきれいな快晴の空だ!
依は梅の木の下に駆け寄るとカメラを上に向けてファインダーを覗いた。
「うわあ、きれー」
青空に映えた白梅の木がファインダーに写ると、依は思わず声を上げた。
勢いで数枚シャッターを切ったところで我に返る。
いけない。藤木さんにもらったアドバイスをまた忘れちゃった。
一度ファインダーから目を離すと、もう一度被写体である梅の木を冷静な目で眺める。
藤木さんのアドバイスはこうだ。
まず被写体を見つけたらカメラを構える前にゆっくり眺め、よりきれいだったり形が面白かったり、とにかく写したいポイントを決める。それから、カメラを構えてその写したい場所が引き立つように構図を整える。よく分からなかったら、バンと真ん中に持ってきてもいい。一番いけないのは、何を見せたいか分からない写真だ。
構図が決まったら絞りを設定する。ボケを作りたかったら絞りを開き、手前から奥までシャープに写したかったら絞り込むのが基本。でも、絞りすぎると逆に画質が悪くなるのでF8までにとどめる。そんな風に教わった。
依はあらためてファインダーを覗くと、絞りをF2.8に設定してFn2ボタンを押した。
これも藤木さんに教わったんだけど、レンズの絞り羽根はシャッターを切るまでは絞り開放状態になっていて、切った瞬間に設定したF2.8とかに絞られるんだって。
だから、ファインダーを覗いてるときは絞り開放のまま。
でも、設定した数値まで絞った状態もファインダーで確認したいよね?
それを実現する機能がプレビュー機能で、その機能を設定したボタンを押している間だけ絞りが設定数値まで絞り込まれ、その状態をファインダーや液晶画面で確認できるのだ。
依はFn1とFn2のボタンのどちらが押しやすいか何度も設定を変えて悩んだ末に、プレビューをFn2ボタンに割り当てた。
「こんな感じかなあ?もう少し絞った方がいいかなあ?」
依はダイヤルを動かして絞りをF4に設定して、もう一度プレビューしてみる。
「よし!」
依の指がゆっくりシャッターを切ると、青空に映える白梅の木が写真に収まった。
今度は手前にある緑の葉っぱを主役にして、背景に白梅の木を持ってきて撮影してみる。
「なんかちがうなあ・・・」
小さくつぶやくと、手前の葉っぱの面積を変えたり、背景のボケを変えるために絞りを色々変えながら何枚も撮影。とりあえず納得の一枚がとれた。
白梅の次は紅梅でしょう。なんて考えた訳ではないけど、しばらく先に紅梅がちらほら咲いているお宅があったので、小走りで木の下まで駆け寄ると、まずは可愛いつぼみにレンズを向けた。
前の撮影で設定したF4のままでプレビューしたら、後ろにあるお家がはっきり見えてしまったので、ファインダーを覗いたまま絞りを開放のF1.7まで開いてもう一度プレビューしてみた。
わあ!さっきと全然違って背景のお家がきれいにボケてるよ!
依はいっぱしのカメラマンになった気分を味わって、一人有頂天になりながらシャッターを切った。
よし!次は枝先に咲いている花を狙ってみよう。
とりあえず開放で一枚撮ってみたけど、背景は生け垣になっててきれいだし、もう少し絞った方がいいかな?依は色々考えながら何枚かシャッターを切り、それを背面液晶で拡大しながら見比べてみた。
うん!やっぱり開放のより、F2.5の写真の方がいい感じに見える。後でパソコンに取り込んで確認してみよう。
依はそこで一息つくと、眩しい日差しに目を細めながらゆっくり視線を巡らせた先で、梅の木の梢で動き回る小鳥を発見した。最初は雀だと思ったけど何だか違う。よく見ると抹茶みたいな体の色した小鳥だ。目の周りには白い縁取りがある。
慌ててレンズを向けたけど、換算50㎜のレンズじゃ豆粒ほどにしか写らない。あれこれ苦心して大きく写そうとしたけど、やっぱ無理だね。そうこうしてるうちに飛んで行っちゃった。
まあいっか。次行こう!
依は目にするもの全てが被写体に見えてきて、それと同時に撮影がどんどん楽しくなってくる。
路肩に止まっている廃品回収の軽トラにレンズを向けたり、今では珍しくなってきた小さな酒屋さんの店先にある自動販売機にへばり付いて、あれこれカメラの設定を変えながら撮影したり、外で撮影するのが恥ずかしいなんて今ではまったく感じず、時間を忘れて夢中でシャッターを切り続けた。
おなかが空いてきたからそろそろ帰ろうかな。
依は時間を確認しようとコートのポケットに手を入れて、スマホを取り出そうとしたらいきなりバイブしたのでビックリ!
着信名を確認して二度ビックリ!!
えっ?藤木さん?
画面をスワイプして電話に出ると「もしもし依ちゃん?」と藤木さんの声。
「はい、依ですけど」
「今話せる?」
「はい、大丈夫です」
「ごめん、電話苦手だからいきなりだけど要件だけ言うね」
本当に電話が苦手なのか、いつもより固くてちょっと緊張した藤木さんの声がスマホのスピーカーから聞こえてきたので、ドキドキしていた依は逆に緊張がほぐれる。
「突然だけど、今度の土曜日空いてる?」
「えっ?」
本当に突然だよ。なに?もしかしてデートのお誘い?そんな訳ないよね・・・。
「空いてますけど・・・」依は頭が混乱しながらも、とりあえずそう口にした。
「良かった。じゃあ詳しくはメールするね」そう言うと藤木さんは電話を切っちゃった!
何なの?何のお誘い?
撮影どころではなくなった依は、お腹が空いていた事も忘れ、手にしているスマホを見つめながら呆然とその場に立ち尽くしていた・・・。
つづく
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