α9の連写ってちょー気持ちいいんだから!!
依がスマホを片手に路上で固まっている頃、藤木の方もスマホを握りしめたまま大きく息を吐き出していた。
もともと恋愛よりカメラやパソコンなどに熱中する方が好きなタイプのいわゆる草食系なので、女性と個人的に親しくなるのは結構久しぶりだ。
でも、依ちゃんとはカメラを通して親しくなったから、共通の話題があって話しやすいよな。でも、とにかく今は依ちゃんのカメラライフを全力でサポートしよう。全てはそれからだ。
藤木は物思いから覚めるとパソコンに向かって猛然とメールを打ち始めた。
そして土曜日。
藤木と依は船橋駅で待ち合わせ、総武線快速と京浜東北線を乗り継いで、朝八時半前に桜木町駅に到着した。
改札を出て駅前広場に出ると、依も藤木もカバンからカメラを取り出して首から下げた。依はもちろん、E-M10でレンズは買ったばかりのLUMIX G 25mm / F1.7 ASPH.。藤木も同じマイクロフォーサーズのOM-D E-M1 Mark IIにレンズはM.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PROを装着している。
もっとも藤木は今日は依のサポートに徹しようと思っているので、自分の撮影は二の次だ。
二人はエスカレーターを上ると動く歩道に乗った。しばらく行くと、みなとみらいコスモワールドの大観覧車や特徴のある半月形をしたインターコンチネンタルホテルが見えてきて、依は大きな歓声を上げた。
「依ちゃんもしかして横浜は久しぶり?」
「すみません、大きな声出しちゃって。学生時代以来だからもう5~6年は来てないんで」依は恥ずかしさのあまり、顔を赤らめた。
「そうなんだ。じゃあ、まだ時間も早いし少し撮影する?」
「はい、したいです!」
二人は動く歩道を降りると通路の上から観覧車や帆船日本丸などにレンズを向け、何枚か写真に収めた。
ゆっくり写真を撮りながら来たので少し時間がかかってしまったけど、開場時間の10時には余裕で間に合う9時15分頃には会場であるパシフィコ横浜に到着した。
そう、藤木は依をカメラと写真映像のショーであるCP+に誘ったのだ。
建物内に入ると、まだ開場まで40分以上あるのに、ホール内にはもうたくさんの人がいた。
二人は事前登録証で入場手続きを済ませてパスを受け取ると、それを首から下げて入場の列に並んだ。
「うわー広いですねー!」
会場に入ると依はそのあまりの規模にビックリして大きな歓声を上げた。
「カメラメーカーだけじゃなくて、カメラや映像に関連した沢山の周辺機器メーカーも参加してるからね」
「そうなんですね。わたし、こういったショーを見に来るのが初めてだったのでビックリしちゃいました」
「カメラとか車に興味があれば別だけど、普通は仕事以外でショーなんて見に来ないよね」
「そうなのかな?でも凄い熱気でわくわくしますね!」
依の顔が興奮で輝くのを藤木は眩しそうに眺めた。
「それじゃあ、おれが案内するからゆっくり見ていこう」
そう言うと藤木と依は各ブースを見ながらカタログなどを集めて回り、時たま発する依の質問にも藤木は的確に答える。
そして、藤木が今一番気になっているカメラ、α9がたくさん並ぶSONYブースの前。
「ちょっとこのカメラ触ってみたいんだけどいいかなあ?」
「もちろんです。ゆっくり見ていって下さい」
「依ちゃんも良かったら試してみない?とにかく凄いカメラだからさ」
「でも、わたし何にも分からないから・・・」
「とりあえず、おれが試してみて、それから依ちゃんに使い方教えるから大丈夫だよ」
そういうと、藤木は丁度空いたα9を手に取った。装着レンズはFE 70-200mm F2.8 GM OSSだ。
やっぱり軽いなあ。でも、剛性感は凄くいい。
ファインダーを覗くと、そこには広くクリアな視野が開けていて、フルサイズ一眼レフの光学ファインダーになれている藤木も思わずうなる。
藤木はメッセンジャータイプのカメラバッグのポケットからメモリーカードケースを出し予備のSDカードを取り出すと、それをα9のスロットに差し込み電源を入れた。そのままレンズをモデルの女性に向けてシャッター切る。
コマ速20枚秒に設定されていたα9は凄まじい早さで連写する。その間ブラックアウトフリーのEVFは被写体を捉え続ける。
係員に確認し、レンズのボタンを押して瞳AFを作動させると、小さなAF枠がモデルの手前側の瞳に張り付いた。もちろん、モデルが動いても追随する。
更に連射すると、藤木は大きく息を吐き出した。この短時間の使用でも、α9のその凄まじい性能は痛いほどに感じられた。やっぱり一眼レフの時代が終わるのも近いな。藤木はそう感慨にふける。
「お待たせ」
藤木は依を手招きした。
「依ちゃん、SDカードの予備は持ってないよね?」
「はい。カメラのだけです」
「じゃあ、カメラから抜いてこのα9に刺して撮影しよう。そしたら画像を持って帰れるからさ」
「分かりました」依は言われたとおりにカメラからSDカードを抜いて手渡し、藤木はそれをα9のスロットに差し込んで、そのカメラを依に手渡した。
「どう?重くない?」
「ちょっと重いです。て言うか凄い大きいレンズですね」
「プロが使うような望遠ズームレンズだからね。このカメラとレンズで軽く60万を超えちゃうよ」
「えーっ!そんな高いもの手に持つの初めてですよ!」
「まじで?」
「はい。ブランド物も持ってないし、もちろん高い宝石も持ってないから。たぶん初めてです」
「じゃあ、思いっきり楽しんじゃおう」
「まずは構えてみて」
「はい」依はカメラを構えてレンズをモデルさんに向けた。
「うわあっ!ファインダーが凄いです!」
「でしょ!広いしクリアで、よく見えるでしょ」
「はい。凄くきれいです」
「左手はもう少しレンズの先端に持って行ってみよう。そこにボタンがあるでしょ」
「えっ?どれですか?」依は左手をレンズのあちらこちらに彷徨わせたけど、分からずに戸惑う。
「えっと、ここだよ」依の背後から藤木の手が伸び、依の左手をボタンに導いた。
うわっ!突然の事に依の心臓は飛び上がった。藤木さん、普段は奥手っぽいのに突然大胆になるんだもん。でも、そこがいいんだなあ。依は顔を赤らめながら一人ニヤニヤした。
「依ちゃん聞いてる」
「ごめんなさい。ボタンは分かりました」
「じゃあ、モデルさんにレンズを向けたままそのボタンを押し続けてみて」
依が言われたとおりにボタンを押すと、瞳AFが働きAF枠がモデルさんの瞳に張り付いた。
「なんか小さい枠が目の所にでています」
「瞳AFと言ってボタンを押している間、瞳にピントを合わせ続ける機能なんだ。それじゃあ、そのままシャッター切ってみて」
藤木に促されてシャッターを切ると、α9は凄まじい早さで連射を開始し、依は何とも言えない気持ちよさを感じた。
「うわー!気持ちいいです」そう言いながら美人のモデルさんに向かって夢中で何度もシャッターを切った。
しばらくすると、藤木さんに肩をたたかれ我に返る。
「そろそろ行こうか。待ってる人たくさん居るからさ」
その声に振り返り周りを見ると、順番を待っているたくさんの人たちに取り囲まれてるよ。わーっ!もしかして、周りが見えない迷惑な人になってた?きゃーっ、恥ずかしい!
依は急いでカメラからSDカードを取り出すと藤木と共にソニーブースを離れた。
「ごめんなさい。あまりにも連射が気持ちよかったので夢中になりすぎました」
「そんなに気持ちよかったの?」
「はい!何だか一端のカメラマンになった気分でした」
「冷静に考えると、連射が必要な場面って少ないんだけど、アレを体験しちゃうと欲しくなるよね」
「まあでも、60万は出せませんけど」
「たしかにそうだね」二人は顔を見合わせて吹きだした。
つづく。
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