思い出のNikon F
「それ、モノクロで撮影した方が良いんじゃないかなあ?」
依が撮影した写真を背面液晶で確認していると、藤木がそれをのぞき込みながら言った。
「モノクロ?それって白黒の事ですか?」
「そう、正確には白黒だけじゃ無いんだけど、モノクロと言えば白黒が多いね」
「白黒だけじゃないんですか?」
「うん、モノクロは正式にはモノクロームと言って直訳すると一つの色の事だから、有名なところではセピア色の写真もモノクロームなんだ。もちろん、一つの色では画像は表せないから、一つの色とその濃淡、白黒で言えば白から黒までのグラデーションで表すんだけどね」
「そうなんですね!勉強になります」
「とにかく、このDAIVのロゴとノートパソコンはモノクロの方がかっこいいと思うな」
そう言うと、藤木は依の手からカメラを受け取った。
藤木と依は、マウスコンピューターのブースでセミナーの開始を待ちながら席に座っている。その待ち時間に依が撮影したブースの様子を写した写真を見て、藤木がモノクロが良いんじゃないかと言ったのだ。
「ピクチャーモードNaturalになってるけど、これっておれが渡したときのまま?」
「はい、そのままです」
「そっか。じゃあ、変え方を教えるから見ててね」
そう言うと藤木はカメラの液晶を依に見せるために、右隣に座っている依にグッと体を近づけた。二人の肩が触れ、顔が近づく。
「ファインダー撮影時とライブビュー撮影時で操作法が違うんだけど、その前にファインダーとライブビューの切り替えは分かるよね?」
「はい。ファインダー横のボタンで切り替えるんですよね」
「そうそう。それでファインダー撮影に切り替えると液晶に色々な設定項目が並んでるでしょ?」
「はい」依は液晶に顔を近づけながら真剣に聞いている。
「この状態でこのOKボタンを押すと一つの項目が黄色くハイライトされて、この状態で十字キーを操作すると項目を移動できるんだ。そして変更したい項目、今回はピクチャーモードね。そこにハイライトを持って行ってOKボタンを押すと、その項目が十字ボタンで変更できるんだ。依ちゃんやってみて」
藤木から手渡されたカメラを握り、依は言われたとおりに操作してみる。
「そうそう、それで変更できるでしょ。でね、その「M(モノトーン)」を選べばモノクロ写真が写せるようになるんだ。モノクロとモノトーンは、まあほとんど同じ意味だからさ」
「分かりました。他のモードは帰ったらマニュアルや解説本で調べてみます。じゃあ、写してみますね」
依はそう言うと、カメラを構えて撮影してみた。
「わあ、何だかカラーよりもかっこいい気がします!」
「ついでにもう一つテクニックを教えるね。モノトーンの下にS(シャープネス)とかC(コントラスト)とか書いてある4つの項目があるでしょ。その中からFを選んでごらん」
依は言われたとおりにFを選び、OKボタンを押した。
「Fと言うのはフィルターの意味なんだけど、ここではデジタルで擬似的にカラーフィルターを掛けられるんだ。何て言ってもまだ難しいかな?とにかく、イエロー、オレンジ、レッド、グリーンの中からレッドを選んで撮影してみてごらん」
依はよく分からないまま、レッドフィルターを選んで撮影してみた。
「あれ?赤いラインのところがさっきの写真より明るくなってませんか?」
「そうそう!よく分かったね。レッドフィルターを掛けると、被写体の中の赤い部分が明るく写るんだ。それで、赤いラインが明るくなったんだ」
本当はそれだけじゃなくて、補色のシアンが暗くなるんだけど、これ以上難しい事を言ったら依ちゃん混乱しちゃうよな。藤木は内心で独りごちた。
「まだ理屈はよく分からないけど、なんだか凄いです!」
「そうでしょ!撮影になれてきたら、目の前の被写体にはどんなモードが合っているか考えて撮影すると良いよ。このカメラにはアートフィルターといって、もっと個性的なモードもたくさん搭載されているからさ」
「分かりました。でも、カメラって本当に奥が深いですね」
「でも、楽しいでしょ?」
「はい!楽しいです!」
二人がそんな会話を交わしていると、セミナーの開始を告げるアナウンスがあり、間もなくセミナーがスタートした。
セミナーを聞き終えた二人は(依にとってはちんぷんかんぷんだったが)マウスコンピューターのコンパニオンさんを撮影させてもらった後、一度メイン会場を離れ、アネックスホールで行われている「中古カメラフェア・フォトアクセサリーアウトレット」を見に行った。
会場のガラスケースの中には古そうなカメラやレンズが所狭しと並べられていて、藤木はそれを眼を輝かせながら眺めている。
依はそんな藤木の様子を横目で嬉しそうに見ながら、ガラスケースの中のカメラを興味深げに眺めていた。
「あれ?このカメラ・・・」そんな依が、一台のカメラに目をとめた。
これって・・・もしかしてお父さんが使っていたあのカメラかも?
しゃがみ込んで一心不乱に一台のカメラを見ている依の様子に気づいた藤木は、隣にしゃがみ依に尋ねた。
「依ちゃんどうしたの?」
「このカメラ見覚えがあるんですけど」
そう言いながら指さした先には、一台のきれいなNikon Fが置かれていた。
「このカメラは凄く古いけど、どこで見たの?」
「このカメラ、たぶん昔お父さんが使っていたカメラだと思うんです。確信はないんですけど、この三角にとがった部分とそこに書かれたFの文字に見覚えがあります」
「へえ、その部分はこのNikon Fの特徴だから間違いないかも。でも、お父さんっていくつ」
「五十過ぎですけど」
「だよね。その年齢でこのカメラを使っているならクラシックカメラファンなのかな?」
「いえ、そうじゃないと思います。話しててどんどん思い出してきたんですけど、たしかこのカメラは母方のおじいちゃん、わたしからみるとひいおじいちゃんですけど、そのおじいちゃんの生前にお父さんがそのカメラを欲しそうにしているのを見て、自分が亡くなったら形見にあげるから大事にしてくれとおじいちゃんに言われたそうなんです。それで、その通り譲り受けたんです。それでこのカメラを使うたびにその話をしてくれて、このカメラは凄いカメラなんだぞといつも自慢していました。このカメラってそんなに凄いんですか?」
「Nikon Fは一眼レフカメラの元祖的存在なんだ。正確には最初の一眼レフって訳ではないんだけど、このカメラが発売された事により、それまで主流だったレンジファインダーカメラから一眼レフへとカメラの主流を変え、それと共に日本製のカメラが世界を席巻するきっかけを作ったカメラでもあるんだ。だから、お父さんの言うように凄いカメラなんだよ」
「本当に凄いカメラなんだ!じゃあ実家に帰ったとき、このカメラの事、お父さんに聞いてみますね。たぶん大事に持っていると思うので」
「そうすると良いよ。そんなお父さんなら、依ちゃんがカメラに興味を持った事、嬉しいはずだからさ」
「はい!」依が嬉しそうに微笑む。
「それにしても、昔のカメラって良いたたずまいしてますね。いかにも精密機械って感じで」
「依ちゃんもそう思う?嬉しいな。このカメラかわいい!何て言われたらカチンときちゃうけど」
「かわいい!って言う子は嫌いですか?」
「別に嫌いって訳じゃないけど、何でもかんでもかわいい!はちょっと違うと思うんだよね」
うわっ!危なかったあ。わたしもたまに意味も無くかわいい!なんて言っちゃうからなあ。これからは気を付けようっと。それにしてもこのカメラかっこいいなあ。お父さんに頼んだら使わせてくれるかな?カワイイ娘の頼みならOKしてくれるよね。
「さあ、そろそろ行こうか」
藤木の言葉で依は物思いから覚めると、慌てて立ち上がった拍子によろめき、藤木はそんな依の腕をとっさにつかんで引き寄せた。
「大丈夫?」
藤木が優しい笑顔で問いかけると、依の心臓が飛び跳ねた。
やっぱり好きかも・・・
つづく。
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