藤木さん理屈っぽいですね(笑)
「えっと・・・」依はいきなりの提案に戸惑った。
「やっぱり、中古じゃいや?」
「そんな事ありません。誰が使ったのか分からないのはちょっといやかもだけど、藤木さんのカメラなら嫌じゃないです」
「ほんと?良かった~」ちょっと不安そうだった藤木の顔に笑顔が戻った。
「でも、なんでですか?」
「もちろん、新品のカメラの方が性能も高いから撮影しやすいし、そういった意味ではおすすめなんだけど、新品はやっぱり高いから、レンズにまで予算が回せないと思うんだ。それで、最初のボディはおれの中古にしてその分レンズに予算を回した方が良いと思ってね」
「レンズでそんなに違うんですか?」
「うん、カメラはレンズから入ってきた光を写真にするものだから、いくらボディの性能が良くてもレンズが悪いとそれなりの写真になってしまうんだ。それにレンズは資産として長い間使えるから、投資した分が無駄にならないからね」
「分かりました。それで、そのカメラはどんなカメラなんですか?」
「これはね、OLYMPUS製のカメラでマイクロフォーサーズ規格のカメラなんだ」
「マイクロフォーサーズ?それなんですか?」
「それはね・・・」
藤木は一瞬迷って自分の手に持つカメラを見つめながら考えた。センサーの大きさやマウントの違いから説明したら、長くなっちゃうよな。それに、依ちゃんついてこられるかな?
でも、やっぱそこから説明しないとちゃんとは理解してもらいないし・・・。藤木は決意を固めると依に改めて向き直った。
「ちゃんと解説しようとすると、かなり長くなっちゃうけどいいかな?」
「はい!もちろんです」
「分かった、じゃあなるべく分かりやすく解説するからまずは聞いてみて」
「さっきレンズ交換カメラには一眼レフとミラーレスの二種類があると言ったけど、その中の一眼レフは、さっきも言ったようにデジカメになる前のフイルムカメラ時代からある形式なんだ。フイルムの大きさも色々あるんだけど、一般的には35㎜という大きさのフイルムが使われていて、その大きさが今でもある種の基準になってるんだ」
「これをちょっと見てごらん」
そう言うと藤木は、持っていたE-M10のレンズを外してマウント部分を依に見せた。
「中に緑っぽく光っている部分があるでしょ」
「はい」依はマウント部分のセンサーに目を奪われながら答えた。
なにこれ?すごくきれいなんだけど!依の中でテンションが上がる。
「これがイメージセンサーと言われる部品で、ここに光を受けて画像が作られるんだ。これはデジカメだからセンサーがあるけど、フイルムカメラの場合は、この部分にフイルムがあって光が当たると感光して写真になるわけ」
依は感心しながらしげしげと眺めた。
「このセンサーの周りに金属の丸い枠があるでしょ?この枠がレンズマウントと言って、レンズを装着する部分なんだけど、この枠の大きさなどの規格がカメラメーカーによって違ってるんだ」
「えっ?どういうことですか?」
「それはね、このセンサー全体にちゃんと光が当たらないとダメだってことは分かるでしょ?」
「そうですね。えっと光が真ん中にしか当たらないと端の方は暗くなっちゃいますね。そうすると、周りが暗い写真になちゃう・・・そういう事ですよね?」
依はちょっと不安そうに藤木の顔を伺う。
「そうそう!依ちゃん、理解が早い!」
「ほんとですか?おだてても何も出ないですよ」そう言いつつも、依の顔が満面の笑顔に変わる。
「だから、レンズから入ってくる光は、このセンサーを完全に囲う円である必要があるのね」
そう言いながら、藤木は一眼レフとミラーレスの違いを図に書いた紙の余白に長方形を囲むような円形を書いた。
「この長方形がセンサーで、この円がレンズから入る光ね。この円の事をイメージサークルって言うんだけど、そのイメージサークルにこんな風にセンサーがすっぽり収まれば四隅まできれいに写るよね。でも・・・」
先ほどの図の横に新たな図を書きながら解説を続ける。
「こんな風に円からはみ出してしまうと、その部分は写真に写らなくなるんだ」
藤木はそう言うと、赤いマジックに持ち替えて、はみ出した長方形が収まる様にさらに大きな円を書き足した。
「こんな風にセンサーが大きくなると、イメージサークルを大きくしなきゃならない。という事はどうなると思う?」
「えっと、レンズマウントですか?それを大きくしなきゃダメですよね?」
「そうそう!だから、マウントの大きさがセンサーによって変わってくるんだ。当然マウントの径が違ったらそこにはめるレンズの大きさも変わってくるよね?だから、色々なマウント規格が出来てしまうんだ」
「そうなんですね」
「うん。それにセンサーの大きさが同じでもカメラ会社によってマウントの規格は違う事がほとんどなんだ。だからA社のカメラ用のレンズをB社のカメラに付けようとしても規格が違っていて付かないんだよ」
「でも、それじゃあとっても不便じゃないですか。レンズを何本か揃えた後に別の会社から欲しいカメラが出ても、今まで揃えたレンズは使えないってことですよね?」
藤木が悪いわけではないと知りつつも、依は不満げな表情を浮かべた。
「何でそんな風になってるんですか?」
「それはメーカーの大人の事情とか色々だよ。これ以上話すと長くなるから今日は聞かないで」
藤木は苦笑した。
「話を戻すけど、レンズ交換カメラで一般的に良く使われているセンサーには、35㎜フルサイズ、APS-C、マイクロフォーサーズという3種類の大きさがあるんだ」
「えっと、何だか難しい名前ですね。センサーAとかBとかで良いのに」
「だよね。でも、この名前にも意味があるんだよ。35㎜フルサイズっていうのはね、さっき言った35㎜フイルムと同じ大きさだから、その名前が付いていて、一般的にフルサイズと言えばこの大きさを指すんだ。そして、その次に大きいAPS-CもAPSフイルムの大きさから来てるし、マイクロフォーサーズは、これはちょっと違うんだけど、訊きたい?」
「いえ、今日は遠慮しておきます」依は苦笑いしながら答えた。
「だよね。話が長くてごめん。おれ理屈っぽいからなあ」
「そんな事ないですよ。ほんのちょっと理屈ぽいだけですよ」
「やっぱり、理屈ぽいんじゃん」
「ちょっとだけね」二人は爆笑した。
「えっと、何話してたっけ?そうだ、このカメラなんだけどね。センサーの大きさはさっき言った中で一番小さいマイクロフォーサーズセンサーを使ったカメラなんだ」
「センサーの大きさで何が違うんですか?」
「細かく言えば色々な違いがあるんだけど、簡単に言えばセンサーが大きいフルサイズは、画質が良いけど、カメラもレンズも大きく重くなって価格も高い。小さいマイクロフォーサーズは、画質はやや劣るけど、カメラもレンズも小型軽量で価格も安いものが多い。APS-Cはその中間で、よく言えばバランスが良い。悪く言えばどっちつかず。そんな感じかな」
「ただね、マイクロフォーサーズの画質が悪いっていうのはフルサイズと比べた相対的なもので、普通の人が見たら見分けが付かないくらいに高画質の写真が撮れるんだよ。そこは誤解しないでね」
「はい分かりました。ところで、藤木さんはどんなカメラを使ってるんですか?」
「おれはね、一眼レフはニコンのフルサイズを使ってて、ミラーレスは今日持ってきたマイクロフォーサーズを使ってるんだ。まあ、APS-Cの一眼レフも持っているけど」
「なんだ、けっきょく全部じゃないですか」
「そうなんだよ。魅力的なカメラがどんどん出てくるから、おれの給料はどんどんカメラやレンズに変身しちゃうんだ」
「わたしのお給料はほとんど胃の中に入っちゃうから、それよりはましですね」
「そうなの?」
「嘘に決まってるでしょ!」言ったそばから依は吹き出した。
「依ちゃんの話が面白いから、話がぜんぜん進まないよ」
和んでいた場の空気を引き締めるように、藤木は一つ咳払いをした。
「話を続けるね。最初に依ちゃんに見せてもらった女の子のポートレートあるでしょ。あの写真は大きく背景がボケてたよね?あんな風に背景がボケやすいのは大きなセンサーのカメラなんだ。だから、フルサイズは値段が高いし、大きく重くて扱いずらいから無理にしても、APS-Cセンサーのカメラが良いかなあと思ってたんだよ。でも、その次に気に入った写真を何枚か見せてもらって考えが変わったんだ。依ちゃんは自分の身の回りの何気ない物やシーンを独自の視点で切り取るスナップ写真が向いてるんじゃないかってね。もしも今カメラを渡されたら何を撮りたいって思う?」
「色々ありますよ。テーブルの上の食器や小物も撮りたいし、メニューなんかもカッコよく写せたらいいなあって思います。もちろん、藤木さんも撮りたいですよ」
「ありがとう。おれの事は付け足しだと思うけど、いま依ちゃんが言った被写体を写すのは日常のスナップ写真になると思うんだ。そうするとね、カメラに一番必要な性能は何だと思う?」
「えっ?性能ですか・・・よく分かりません」
「それはね。小型軽量」
「えっ!小型軽量?」
「うん。考えてごらん。日常のスナップを写すってことは日常的にカメラを持ってなきゃ写せないでしょ?それには、カメラとレンズが小型軽量である必要があるんだ。大きくて重いカメラを毎日持ち歩くなんて出来ないでしょ?おれが使っているフルサイズの一眼レフとよく使うレンズを合わせると、2キロ近くにもなるんだよ」
「2キロですか!」依は本当にびっくりして目を丸くした。
「そうなんだ。フルサイズでもミラーレスならカメラ本体はかなり小さく軽くなるけど、レンズの大きさはほとんど変わらないから、トータルではやっぱり重くなっちゃう。それに比べてこのカメラはどう?」
藤木はそう言うとE-M10を依に手渡した。
「軽いとは言えないけど、そんなに重くはないですね」
「そうでしょ。夕べ測ってきたんだけど、このカメラとレンズの組み合わせは約680gなんだ。だから、フルサイズと比べて約1/3も軽量なんだよ。それにもっと軽いレンズに付け替えればさらに軽くなる。これなら、ちょっと頑張れば日常的に持ち歩けるでしょ?」
「はい。このくらいなら持ち歩けると思います」
「それにね、マイクロフォーサーズを薦める理由はそれだけじゃないんだ。さっきレンズマウントは各社で違うって言ったでしょ。でも、マイクロフォーサーズは違っててね、このカメラとレンズはOLYMPUS製だけど、他にもPanasonicがカメラとレンズを作っているんだ」
「どういうことですか?」
「このマイクロフォーサーズマウントは、ユニバーサルマウントと言ってね、この規格に賛同する企業は製品を作ってもいいですよ。となってるわけ。だから、OLYMPUSとPanasonicの他にも多くの企業がこのマウントに参入して主にレンズを作ってるんだ。だから、一つの企業で作るほかのマウントよりも個性的なレンズがたくさん生まれているんだ」
「今はまだレンズについて詳しくないからよく分からないけど、でもたくさんの中から選べるってワクワクしますね」
「そうでしょ!安くて高性能のレンズも沢山あるからね。とにかく、このカメラをしばらく使ってみてよ。それでどうしても合わなかったらまた考えれば良いからさ」
「でも良いんですか?」
「うん、大丈夫。じつはこのカメラはちょっと古くってね、おれはもうほとんど使ってないんだ。もちろん、古いと言ってもまだまだ全然現役で使える性能だからその点は心配しなくても大丈夫だよ」
「分かりました。でも、今日はお金持ってないんで今度で良いですか?」
「とりあえず一週間くらい使ってみてからで良いよ。もしも使いづらいと感じたら別のカメラに変えてもらっても構わないし」
「それで本当にいいんですか?」
「おれは全然構わないよ」
「じゃあお言葉に甘えてしばらく使わせてもらいます。ただ、お金はちゃんと払いますから」
「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。前にも言ったけど、おれは依ちゃんがカメラに興味を持ってくれて本当に嬉しいんだからさ」
「いえ。ちゃんとお金を払って自分のカメラで始めたいんです」
依は自分の決意を藤木に伝えようと強い口調で言った。
「分かった。じゃあ価格は考えてメールするよ」
そう言うと藤木はカバンから何かを取り出した。
「まずはこれを読んで、自分一人で勉強してくれたまえ」
そう言った藤木の前には、カバンから出したE-M10のマニュアルと解説本が置かれていた。
つづく
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