いきなり藤木さんに相談しちゃったよ!?
11時55分。
昼休みまで間もないこの時間になると、12時びったりに席を立てるように仕事を切り上げて身の回りの整理を始める人が出はじめる。
いつもの依ならそんな人たちの仲間になり、そわそわとお昼休みを待っている時刻だが(忙しいときは別だよ)今日は別の意味でそわそわして落ち着かない。
わーん、あと5分で昼休みになっちゃうけど、どうしよう。
同じ部署の藤木先輩は、昼休みによくカメラのカタログを見たりしてるから多分カメラ好き。
思い立ったが吉日。
鉄は熱いうちに打て。
何でもいいけど、せっかくカメラが欲しい!って盛り上がってる心が冷めないうちにカメラを買いたいんだけど、いかんせん知識が足りんのよ。
だから、カメラに詳しそうな藤木先輩に相談したいと思ったんだけど、仕事のこと以外では挨拶を交わす程度でそんなにしゃべった事ないから、どうしたもんかと悩んでるところ。
いきなり「カメラについて相談があります」なんて言っちゃう?
やっぱちょっと唐突だよね。
まあ、考えててもしょうがない。当たって砕けろだ。別に告白するわけじゃないしね。
お昼のチャイムが鳴ると同時に依は思い切りよく席を立ち、藤木先輩の元へ向かった。
「あのー・・・えっと突然ですが、お昼ご一緒しませんか?」
かーっ、あたし何言ってんの。これじゃあ変な風に勘違いされちゃうよ。
案の定藤木先輩はきょとんとした顔してる。
「えっ?もしかしておれに言ってるの?」
「はい。じつはちょっと相談があって」
「橘さんがおれに相談なんて珍しいけど、まあいいよ」
部署のみんなの奇異な視線を背中に感じながら、二人でエレベーターホールに向かった。
ふう、とりあえず第一関門突破だよ。
「それで相談ってなに?」
会社からほど近い小さな洋食店の席に座り、おすすめランチを注文すると藤木さんはさっそく本題に入るよう促した。
「カメラ・・・藤木さんカメラ好きですよね?」
「好きだけど、相談ってカメラのこと?」
「そうなんです」
依はそう言いながらスマホを取り出し、昨夜のうちにスマホに転送しておいたあの写真を見せた。
「この写真なんですけど、どう思いますか?」
「ん、ちょっといいかな」
藤木はそう言うと依の手からスマホを受け取ってじっと見つめた。
「カメラの相談ってことは、この美少女の感想が欲しいんじゃなくて、写真の出来栄えについてだよね?」
「そうですね・・・出来栄えというかどんなカメラで写したのかとか、どんな風に写せばそんな写真が撮れるのかとか、そんな感じの事を訊きたいなあと」
あーっ!自分でも何言ってるか分からないよ。依は内心で頭を抱えた。
「えっと、もしかするとこれみたいな写真は、どんなカメラでどうすれば写せるのかが訊きたいの?」
「そう!そうなんです!夕べネットを見てて偶然その写真をみつけて、そしたら自分でもそんな写真が写したいと突然思っちゃったんです!」
依は、夕べから続いている興奮そのままに熱弁をふるった。今までスポーツにも趣味にもたいして熱中した事のない依のどこにそんな情熱が潜んでいたのか、自分自身にも分からなかったけど、とにかくその写真を見たときに感じた衝撃と感動を一生懸命に藤木に伝えようとした。そして、カメラについて調べたけど難しすぎてよく分からなかった事も正直に打ち明けた。
「良くわかったよ。でも、カメラを趣味にするとけっこうお金がかかるけどいいの?」
「そう言われると弱っちゃんですけど、とりあえず10万位なら。それで大丈夫ですか?」
「うん、10万出せばそれなりのカメラが買えるけど、それより先に自分がどんな写真が好きか考えようよ。被写体によって合ってるカメラが微妙に違うからさ」
「だから、さっきの写真・・・」
「あの写真に感動したのは分かったけど、ポートレートはモデルが居なきゃ撮れないから、いつでも写せるわけじゃないよね。それにあの写真はモデルさんの魅力が大きいから、腕と機材とモデルが揃わないとあんな写真は写せないよ」
「うーん、そうなんだ・・・」
「だからさ、カメラを趣味にするならいつでも簡単に写せる被写体を上手に写せるようになりたいって思って欲しいんだよね。例えば、料理とか小物とかでも良いし、街のスナップでもノラ猫でも良いしさ。今まで色々な写真を見たことあると思うけど、自分はどんな写真が好きか分かる?」
そう言われて依はうーんと心の中で唸った。
インスタとかで写真を見るのは好きだけど、SNSの写真は日常的過ぎてきのう感動したあの写真とは違う気がする。もちろん、SNSでも作品と呼べる写真をアップしてる人は大勢いるんだろうけど、わたしが見てるような有名人のSNSにはそんな写真ないし。
「ちょっと考えたんですけど、よく分かりませんでした。こんなんでカメラ欲しいなんて言ったらダメですよね」
「そんなこと全然ないよ。おれは、橘さんが写真に感動してカメラを欲しいと思ってくれた事が一人の写真好きとして本当にうれしいんだから」
「でも、自分がどんな写真が好きかも分からないなんて」
「分からないならこれからたくさん写真をみて感じ取ればいいんだよ。いい写真を色々見れば、絶対に自分の好みが分かるようになるから。それに、カメラを持って色々写してみなきゃ分からないこともあるし」
「そうなんですね。少し安心しました」
少し曇っていた依の表情に笑顔が戻った。
「じゃあこうしよう。これからしばらくネットで沢山の写真を見よう。そうすれば、自分の好みも少しずつ分かるから。そうだなあ、2週間後にランチをまた一緒に食べようよ。その時に報告を訊くから」
「分かりました。でも、どんなサイトにいい写真があるのかが分からないんですけど」
「いいサイトが色々とあるから、あとでメールするよ」
「はい。でも、アドレス・・・」
「知らなかったね。教えてもらってもいい?」
「もちろんです!」
二人は、笑顔になると少し冷めてしまったランチを慌てて食べ始めた。
つづく
コメント