まさかの改修工事!
「ゴールデンウィークに藤木さんと日菜先輩と三人でどこかに撮影に行きましょうよ」と依にちょっとすがるような眼で懇願された。
そんなに藤木さんと撮影に行きたいのかよと内心苦笑しつつも、先日の飲み会でそのうち三人で撮影に行こうと約束したし、あたしもせっかく買ったカメラを部屋を飾るオブジェから写真を撮る道具に昇格させる事についてはやぶさかではないので、行くのは良いんだけど、せっかく行くならあたしの行きたい場所にしたくって渋々OK的な感じを装い「じゃあ、あたしの行きたい場所でいいな」と宣言して勝手に場所を決めてやった。
と言っても変な場所じゃ無いぞ。
あたしは前々から古い建物とか結構好きで、機会があったら【旧岩崎邸庭園】に行ってみたいと思ってたんだ。
それどこ?と思ったあんた、少しは歴史を勉強したまえ。あの三菱財閥の創始者、岩崎彌太郎の長男が建てた古き良き西洋建築で、とても貴重な建築物なのだぞ。まあ、あたしも福山さん目当てで観た、大河ドラマの龍馬伝で興味を持った口だけどな(笑)
とにかく、前々から行ってみたかった場所にせっかく来たというのに・・・一目見て自分の目を疑ってしまった。
「うわーっ!マジで!?」
見ると、旧岩崎邸のシンボルとも言える塔屋の部分に足場が組まれ、正に改修工事の真っ最中。本来なら優美な姿を見せてくれるはずだったその部分には保護ネットが張られ、ご丁寧にも塔屋の絵が描かれていた。これじゃあ中国じゃんと一瞬思ったけど、この絵がなかったらもっとさみしい感じになってたかな?とにかく、これじゃあ二人に申し訳ない。
「ごめんな、せっかくあたしの要望でここに決めたのに、まさか改修中とは思ってなかったからさ」
「大丈夫ですよ。見られる場所たくさんありそうですから」
「そうですよ。凄く素敵な所じゃないですか」
藤木と依に交互に慰められて、少しは落ち込んだ気分も収まった。
「こうしてても仕方ないですし、早く撮影しましょう!」
依にそう言われ、思い切り背中を叩かれちまった。これじゃあ、いつもとあべこべだな。日菜は心中で苦笑した。
「よしっ!そうするか」
三人はそれぞれのバッグからカメラを取り出して首から下げた。
日菜のE-PL1sには、藤木が持ってきてくれた自動開閉キャップ【LC-37C】付きの【M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 EZ】が装着されていた。
「ところで藤木さん、このレンズは前に使っていたのと違ってずいぶん薄いけど、どうやって使うんだい?」
「そのレンズは、電動ズームになっていて、胴の部分にあるリングを回して電動でズーミングするんです」
言われるままに、適当に回してみたらジーコジーコしてるけどよく分からん。
「うーん、よく分からないから、ちょっとレクチャーしてくれよ」
「じゃあ、わたしはその辺で撮影してますね」
依は二人に告げると建物に近づきカメラを構えた。
しばらく撮影して振り返ると、藤木さんと日菜先輩は楽しそうに話しながら先輩のカメラをのぞき込んでいた。ちょっとだけ胸が疼いたけど大丈夫だよね?日菜先輩、藤木さんに興味なさそうだったし。って言うか彼氏いるしね。依は一人納得しつつもやっぱり気になったので、撮影を早々に切り上げて二人の元へ戻った。
「日菜先輩どうですか?」
「おう!藤木さんに色々と教えてもらったのでもう大丈夫だ」
依の肩を抱くと小声でささやく。
「心配しなくても、藤木さんには手を出さないよ」
「そんな風に思ってません!」
「そうか?顔にそう書いてあったけどな」
「もう!先輩意地悪です」
「二人して、こそこそと何ですか?」藤木は不思議そうに尋ねた。
「悪い悪い。女同士の話だよ。でも、もう終わったから」
「じゃあ、あたしは退散するから頑張れよっ!」日菜は最後に小さくささやいて、依の肩をポンと叩いた。
「それじゃあ、あたしは見たいところがたくさんあるから一人でゆっくり撮影するよ」
日菜はそう言って二人の元を離れると、洋館の横手に回り込んでじっくりと眺めた。
塔屋の工事は残念だったけど、やっぱり素敵な建物だな!工事の部分がなるべく写らないように頑張って撮影するか。
日菜は小走りにあちこち走りながら夢中で撮影した。
それにしても、建物も凄いけど、庭の樹木も凄いな!やっぱり遮る物がなく伸び伸びと生育してるからかな?特に撞球場(ビリヤード場)の横の樹木はほんとすげーや!日菜は、撞球場と樹木と洋館を一緒に収めようと、レンズを一番広角側にして色々とアングルを変えながら何度も繰り返しシャッターを切った。
そして、外観を一通り撮影し終えると館内に向かう。残念ながら休日は館内の撮影は禁止なので、ゴールデンウィークの今日は撮影出来ないけど、その分心に焼き付けようと熱心に見て回った。
その館内は、階段の手すりや柱などの一つ一つに見事な装飾が施されていて見る者の目を奪う。特に日菜が感銘を受けたのが、天井に施された装飾と、部屋の扉の見事な飾りガラスだ。
三菱財閥の有り余る財力で建てた建物だけど、だからこそ細部にわたって見事にデザインされた素晴らしい建築が実現したのだ。現代の成金とは志が違うよな。まあ文化的時代背景も違うし、現代の日本の金持ちとは比較にならないほどの財力だったろうから、比較しても仕方ないか。
「さて、二人はどうしてるかな?」
日菜は館内の見学を切り上げ、建物を出ると二人を探して辺りを見回した。
「いたいた」
暗い館内から春の日差し降り注ぐ庭先に出て、まぶしさに眼を細めながら探した視線の先には、庭に咲く花にカメラを向けている依とそれを見守る藤木の二人。
日菜はニッコリしながら、そんな二人の様子を遠巻きにそっと窺ってみる。
依は一生懸命ファインダーを覗いてシャッターを切り、写した写真を背面液晶で藤木に見せている。藤木はそれを見て、あれこれ指示を出しているようだ。
端から見てると、もう完全にカップルだよな。でも、藤木さんは奥手そうだし、依も恋愛に不器用そうな感じだよなあ。
今度、あたしの彼と四人でダブルデートしてみますか!熱々ぶりを見せつけたら、藤木さんにも火が付くかも。日菜はそんな風に考えながら二人に歩み寄った。
「その花芍薬だよね。まさにあたしの花だね」
「あっ!日菜先輩!日菜先輩の花?」
依が、ビックリと不思議の入り交じった面白い顔で振り向いた。
「だって、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花って美人を例えて言うだろ」
「春野さんは、芍薬と言うより・・・」
「えっ!藤木さんあたしが美人じゃないって?」日菜が笑いを漏らしながら、ふくれっ面を作る。
「いえいえ立派な美人ですよ!ただ、和風美人じゃないかなって」
「じゃあ、あたしと依を花に例えてみろよ」
「そうだなあ。春野さんはピンクのバラで、橘さんは・・・」
わたしは何の花?依は内心ドキドキだった。
「白百合かな?スミレかな?和風で清楚な感じの花だと思う」
藤木は耳まで赤くしながら、小声で言った。
和風で清楚?きゃーっ!嬉しいんですけど。でも、そんなにおしとやかに見える?あたしって。
「まあいいや。そんな事より、そろそろお腹空かないか?」
「そうですね。春野さんが満足したなら、ここでの撮影は切り上げてどこかでお昼にしますか?」
藤木がどこかホッとした表情で言った。
「春野さんとか堅苦しいから、日菜でいいよ。依の事も名前で呼びな。二人の時はそうなんだろ」
その言葉に、二人同時に赤くなって下を向く。
やれやれ、今時珍しい純情な二人だな。でも、何だか良い気分だ。
日菜は洋館ごしの青空に目を向けて、そのまぶしさに眼を細めた。
つづく。
今回の撮影で日菜が使用したレンズです。とてもコンパクトな、いわゆるパンケーキズームで携帯性を重視したレンズなのですが、写りもなかなかの物です。このコンパクトな鏡胴を生かして日常的に持ち歩くカメラに装着すれば、望遠域を除けばほとんどの撮影をこなす事が出来ます。
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