オムライスとハンバーグの後に・・・
1
「あの日は楽しかったなあ・・・」
休日の遅い朝。
依はベットの中でまどろみながら、藤木と日菜と三人で旧岩崎邸庭園に撮影に行った日の事を思い出していた。
あの日は庭園をあとにした後も銀座に移動して街スナップしたり、文具店の伊東屋でミニチュアを撮影したりと結局一日中三人で撮影してまわった。
たくさん歩いたから凄く疲れたけど、その疲れて渇ききった喉と体に流し込んだ銀座ライオンの生ビールの美味さといったらもう大変!
そう言えばあのとき日菜先輩が「あたしの彼氏も連れて四人でまた遊ぼう」って言ってたけど、それだと撮影ばかりって訳にもいかないよね?
でも、撮影抜きで藤木さんと会うのも楽しいだろうな・・・。
まどろみながら一人でニヤニヤしていると、突然枕元のスマホが鳴った。
「朝から誰よ・・・」
楽しい妄想を中断されて、ちょっと不機嫌になった依は手探りで枕元のスマホを握り、寝ぼけた頭で画面を確認すると・・・えっ、藤木さん?
数瞬前まで寝ぼけていた頭が一瞬で目覚め、心臓がドクンと跳ねた。
最近はメールやLINEでは結構頻繁にやり取りしてるけど、電話は横浜のカメラショーに誘われた時以来だ。
依はスマホをタップすると、ドキドキしながら電話に出た。
「もしもし・・・依です。おはようございます」
「あの藤木です。おはよう・・・」
「どうしたんですか?」
「いや・・・何というか・・・今日は何か予定入ってる?」
「えっと、特には」
「じゃあ、お昼一緒にどうかな?白井(しろい)の方にオシャレなカフェが出来たから、行ってみたいんだけど一人じゃ入りづらいし」
「えーっ、それじゃあ一緒に行ってくれるなら誰でもいいみたいに聞こえますよ」
「いや、そういう訳じゃ無くって・・・」
困ってうろたえている藤木の様子を電話越しに感じ、依は心の中で微笑した。
「じゃあ、わたしと一緒に行きたいんですか?」
「うん・・・」藤木は消え入りそうな声で言った。
「それで、待ち合わせはどうします?」
「えっ?行ってくれるの?」
「はい」
藤木の声は現金なほどに弾んだ。
「じゃあ、依ちゃんの家までクルマで行くよ。店まではクルマで行くつもりだから」
依は自宅の住所を伝えると電話を切りチラリとスマホの時刻を確認すると、急いで支度するため風呂場に駆け込んだ。
2
「わあ、白くて可愛い建物ですね!」
藤木が愛車のスイフトで連れて来てくれた「フラットビレッジカフェ」は、白を基調にしたアメリカ西海岸風の大きな建物で、そこだけがまるでカリフォルニアの様なたたずまいを見せながら白井の木下街道沿いに建っていた。
「でしょ!前にこの道を通った時に何かすごくオシャレな建物を造ってるなと思って調べてみたんだ。そしたら、カフェレストランが出来るって分かってオープンを楽しみにしてたんだよ」
「じゃあ、新しいお店なんですね」
「そうなんだ。まだオープンして一月ぐらいじゃないかな」
そんな会話を交わしながら入った店内で、最初に依の目に入ったのはフルーツが浮かんだ大きなサーバーボトルだ。それが三つ並んでいて、それぞれにオレンジ、レモン、リンゴと違うフルーツが入っている。
依はカバンから、すっかり手になじんだ愛機OM-D E-M10を取り出して、ボトルに向けて数回シャッターを切ると「すみません、これって?」と、ちょうど通りかかった若い女性のウエイトレスさんに訊ねた。
「そちらのフルーツウォーターは、セルフになっておりますがご自由にお楽しみ下さい」
「わあ、楽しみ!ありがとうございます」
「それではお席にご案内しますね」
そのウエイトレスさんは窓際の二人がけの席に案内してくれた。
ちょうどお昼時の店内では、大きな窓から降り注ぐ明るい光の中、家族連れや女性のグループ、カップルなどが木製の素敵なテーブルを囲んで会話の花を咲かせながら料理やデザートを楽しんでいる。
依はそんな店内に目をやりながら、ちょっと緊張して藤木と向かい合って座っていると先ほどのウエイトレスさんが、まるで海外の新聞のようなオシャレなメニューを運んできてくれた。
「わあ!素敵なメニュー」
「ありがとうございます」ウエイトレスさんが嬉しそうに微笑む。
二人はあれこれ言いながら注文を決めると店員さんを呼んだ。
三度(みたび)先ほどのウエイトレスさんが登場し、藤木は照り焼きハンバーグ、依はオムライスを注文した。
「素敵な店内ですね。少し撮影しても大丈夫かなあ?」
「他のお客さんにカメラを向けなければ大丈夫だと思うよ」
「そうですよね」
依はそう言うと遠慮がちにカメラを構え、店内の色々な場所に向けてシャッターを切った。
しばらくすると料理が運ばれてきたので、依はまず自分の目の前のオムライスに向けてカメラを構えた。
数枚撮影して首をかしげる。
「どうしたの?」その様子を見て藤木が訊ねた。
「うーん、何だか美味しそうに写らないんですよ」
「依ちゃん露出補正した?」
「えっ?した方が良いですか?」
「その場の光の状態や料理の色にもよるけど、ほとんどの場合プラス補正した方が美味しそうに写るかな。料理の写真はハイライトが飛ぶくらいの方がシズル感が出て美味しそうでしょ?だから、とりあえずプラス1で写してみて場合によってはもう少し上げても大丈夫だよ」
依は言われたとおりにプラス1補正して写してみると、オムライスの表面が窓から入ってくる逆光の光を受けてきれいに輝いた美味しそうな写真が撮れた」
「うわあ本当ですね!すごく美味しそうになりました」
依はその設定で、ハンバーグを撮影してみた。
あれ?ちょっと明るすぎ?
依はプラス0.7に落として撮影してみると、こんどはいい感じだったのでそのまま2~3枚シャッターを切った。
「お待たせしました」
依は撮影を終えた料理をそれぞれの前に並べると、オムライスをスプーンですくいパクリと一口。
「わあ!卵とろとろで美味しい~!」
「ほんとに美味しそうだね。ぼくも一口食べたいな~」
「ハンバーグくれたらあげてもいいですよ」
「じゃあちょっとずつシェアしようか」
藤木はハンバーグを一口大に切り分けて依の皿の縁にのせると、そのフォークでそのままオムライスをすくって落とさないように急いでパクり。
「うん!美味しいね」
「でしょ!」
「ぼくのハンバーグはどうかな~?」
藤木と依は同時にハンバーグを口に入れ、目を合わせてニッコリ。
「美味しいですね」
「うん!そうだね」
二人は他愛ない話で盛り上がりながら、食事を楽しんだ。
そして、食後の深煎りコーヒーを前に一瞬の沈黙。
話が尽きない時は良いんだけど、沈黙が来ると緊張するなあ。
藤木はコーヒーを飲むふりをしながら上目遣いに依の様子をうかがうと、彼女はコーヒーを片手にリラックスした表情を浮かべて店内の装飾を眺めていた。
藤木はそんな依の様子に力を得ると、緊張しながら話を切り出した。
「依ちゃんさあ・・・」
「はい?」依は可愛く小首をかしげ先を促す。
「ぼくと一緒に居て楽しい?」
「はい。もちろんです」
「カメラを教えてもらえるから、その義理で付き合ってくれてるんじゃなくて?」
「違いますよ。もちろんカメラを教えてもらえるのは嬉しいし楽しいですけど、それがなくても藤木さんと一緒の時間は楽しいですよ」
「そっか、よかった・・・じゃあさ」
なになに?もしかして・・・告白?依の胸の鼓動がドクンと跳ね上がる。
「また、何かあったら誘っても良いかな?」
あれれ?ちょっとがっくり。でも、これが藤木さんのペースなんだよね。
依はニッコリ微笑むとコクンと小さくうなずいた。
つづく。
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