依がLUMIX G 25mm / F1.7 ASPH.を購入した件について
ピッ!
オートフォーカスの合焦音が響くと、依はゆっくりシャッターボタンを押し下げた。
カシャッ!
間髪を入れず、耳と手に心地よい音と振動が伝わり、ファインダー内にたった今撮影した写真が一瞬表示される。
依はファインダーから目を離し液晶画面に目をやると再生ボタンを押して、撮影した写真を見ながらつぶやいた。
「ふう、なかなか思ったように写せないな」
藤木さんからは、始めはカメラの操作に慣れることが肝心だから、写真の出来栄えは気にしなくても良いと言われてはいるんだけど、やっぱり気になっちゃいます。
カメラを譲り受けて数日は、ファインダーを覗いてシャッター半押しでピントを合わせ、シャッターを切る。その一連の動作がスムーズに出来なくて苦労した。
ファインダーを覗いて写真を撮るのなんて初めてだから、それに慣れるのも大変だったし、シャッターの半押しも上手く出来ない。
やっとピントを合わせてシャッターを切ってもカメラが傾いちゃったりで大変だったけど、一週間ほど毎日触っていると少しずつ慣れてきて、今ではスムーズにシャッターが切れるようになってきた。
とは言え、撮影するのはまだ部屋の中だけ。いちおう通勤時にもカメラを持って行ってはいるんだけど、こんな本格的なカメラを外で使う勇気はまだ出ないのよ。
だって、まだまだ素人感丸出しだと思うから。まあ、わたしの事なんて誰も見てないから気にせずに撮影すれば良いんだけどさ。なかなかね~。
ピンポーン!
物思いにふけっていた依は、呼び鈴の音でハッとした。
きたーっ!ダッシュで玄関に走る。
数日前に藤木さんに新しいレンズを一本買いたいから相談に乗って下さいとメールしたら、ものすごい長文メールが返ってきたのでちょっとびびった。
色々書いてあったけど、要するに今のレンズは広角から中望遠までカバーするズームレンズだし、簡易マクロモードと言ってお花や料理などをアップで写せるモードも付いてるから、望遠を除くと大体の撮影には対応できる。
でも、F値が暗くて夜の室内や夕方など、薄暗い場所での撮影は難しいから、そんな時に使いやすい、明るい単焦点レンズを一本そろえると撮影の幅が広がるのでおすすめ。
その中でも、35㎜換算50㎜のレンズの事を昔から標準レンズと言って色々な用途に使いやすいし、何より安いレンズが多いからおすすめだよと言われ、画角と焦点距離の関係が分かりやすく解説されたブログ記事と共に、OLYMPUSとPanasonicのレンズを購入候補として紹介してもらった。
そして、その二つの候補から選んでポチったレンズが届いたのだ!
しばらくして部屋に戻ってきた依は、宅配便から届いた荷物を大事そうに抱えていた。
荷物が届いたときのウキウキ感は、ほんといいよね。しかも、この荷物は待ちに待ったレンズだ。そりゃ、嬉しさもひとしおだよ。
依は段ボールのテープを剥がすと、中から白い小さな箱を取り出した。
「あれ?これなの?」
もっと立派な箱を想像していたので、ちょっと拍子抜けして思わず声が出てしまった。
でも、その箱の中からは。うん、やっぱりレンズだ。
Panasonic LUMIX G 25mm / F1.7 ASPH.
依が初めて買った新品のレンズがその手に握られていた。
「ウフッ」思わず笑みが漏れ顔がニヤけてしまう。
お気に入りの服が届いたときも、そりゃ嬉しいけど、何だかそれとは違う嬉しさだ。やっぱり、今までまったく頭の中になかったカメラを急に好きになって、その興奮のままに日々を過ごしているからかなあ?
依はテーブルの上に新しいレンズを慎重に置くと、代わりにE-M10を取り上げて、これまた慎重にレンズを外し、リアキャップをつける。
何度も練習したのでスムーズに出来た。
次は、新しいレンズの取り付けだ。
新レンズ、LUMIX G 25mm / F1.7の丸い印をカメラ側の印と合わせ、ゆっくりとはめ込むと軽く力を入れてレンズをひねった。
カチャリ。
手に心地よい感覚が伝わり、新レンズがカメラマウントに装着される。
「ふう」
依はまるで大事業を成し遂げたような気分で、大きく一つため息をつき、窓の外を眺めた。
朝とはもう言えないけれど、10時を少し回ったばかりの午前中の冬空は青く澄み渡っていて、冬特有の透明感のある明るい日差しが窓から見える一軒家の屋根瓦に降り注ぐ。そして、その前を渡る電線には雀が群れで止り、暖かい日差しをいっぱいに浴びてチュンチュンと陽気な声で歌っていた。
二月も半ばを過ぎると、晴れた日の日中はもう早春の陽気だ。
「よしっ!」
依は、ジーンズとセーターの上からお気に入りのハーフコートを羽織ると、LUMIX G 25mm / F1.7を装着したE-M10を首から下げ、はじめて部屋の外で撮影するためにスニーカーで足下を固めると、意を決してアパートの扉を開けた。
鍵をかけ、外階段を降りると首元でカメラが揺れる。
それを左手で押さえながら軽く目をやると「よろしくね」と小さくつぶやいた。
つづく。
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